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頑張りすらしないやつに一言、頑張っているだけの人にも一言!

ともです。

 

「3食食べて楽して痩せる!」、「このボタンをぽちっと押すだけで1万円!!」

 

最近こんな迷惑メールや広告が目につく。3秒で消去するかブラウザバックするのだが。なぜこんなものが増えてきているのだろうか。どう考えてもおかしい。

 

たかが20そこそこの青二才が偉そうに申し訳ないが、頑張りすらしない人に一言もふたことも余計に言いたい。

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楽して手に入るものは後悔だけ

1つ質問だが、志たてたものを達成するために楽して達成できるだろうか?

答えはNOだ。

 

じゃあなぜ一心不乱に取り組まない?Youtube見ている時間?そんなものないない。TV?今は必要ない。Twitter?取り組んでいることが終わって時間余ったらね。

 

 

やり続けてやり続けて、目標達成するかわからないけどそれでもやり続けてやっと叶うもの。それで結局達成できなくてもいいじゃないか。していたことがTOEICなら英語が以前よりわかるようになっている。単位を取るために勉強していて取れなかったとしても、その教科に関して一定量の知識を得たじゃないか。

 

 

楽するとたちが悪い。なぜか。それは怠け癖がついてしまうからだ。一度ついてしまったらなかなかとりづらい。

典型的なところでいくと大学の単位だ。たいていの大学生は期末テストの前に過去問やら先輩のレポートやらをもってきてそれを2、3日で暗記して単位を取ろうとする。また、あろうことか履修登録時に楽な授業の情報をなんとか先輩から聞き出そうとするやつらもいる。(その先輩も過去に同じようなことをしている場合が多いのできっちり楽なものを教えてくれる。後輩受けがいい。)

 

 

これで単位が取れてしまうのが難点。彼らは大学卒業までこの期末テスト前詰め込み方式、もしくは履修登録時の種まき方式で単位の壁を乗り越えていくだろう。

 

 

こんなことしても何の役にも立たない。このような人たちが大学の勉強は意味ないとか言っているのではないだろうか。で、大学出た後にもっと勉強しておけばよかったとかいう意見が出てくるものだからもう本当に意味が分からない。

だったら初めから勉強しろ!!

 

楽して余分に生み出した時間はどうせまた楽なことに使うんだろう。たぶんこういうんじゃないだろうか?「もっと有意義に時間を使えばよかった...」

楽しても後悔が残るだけである。

 

頑張るとは

じゃあ、そもその頑張るって何なのか。斎藤兆史著「努力論」よりこんな文がある。

「頑張る」という言葉は、語源的には「我に張る」から来ている。浄瑠璃の『国姓爺後日合戦』や『関八洲繋馬』に出てくる「がにはり者」は、「我を張り通す人、強情者」の意だ。

斎藤兆史 努力論より

どうやら語源的にはいい意味ではないらしい。しかし今ではかけっこで一番になった子供に「頑張ったね。」と声をかける姿も別に違和感はない。

「頑張り」とは、修行の内容ではなく、自らを鼓舞して修行に向かわせるための精神の働きである。

斎藤兆史 努力論より

つまり、頑張りとはなにか、自分で決めた志を達成するための第一歩ということだ。じゃあ、頑張りをみせた後に待っているのは?ー努力することだろう。

 

今ではこの「頑張り」を見せる人も少なくなった(個人的な感想)。

 

 

頑張りから努力へ

1つ、僕の体験談から紹介する。

大学一年のときに、新入生は無料でTOEICを受けることができた。なので、受けに行って帰ってきた点数が735点。個人的には特に何もしてなかったのによかったなー、とか思っていた。おそらく高校時代の英語の勉強がまだ残っていたのだろう。

 

その約一年後、今度は正式にTOEICを受けようと思って試験3ヵ月前からきちんと勉強した。毎日2~3時間は問題集を解き、通学時間往復の約3時間はすべてTOEICのリスニング問題を聞き口でマネするシャドーイング(電車でやっていたので今思うと変な奴だったと思う)を欠かさずした。

 

そして、本番TOEICを受けた。一ヵ月後帰ってきた点数が730点。下がったのだ。点数が。勉強していないときより。

 

 

かなりショックだったのを覚えている。あんだけ勉強したのに。変わってないどころかむしろ下がってるじゃねーか。まあまあキレた(笑)

でも今思い返すと「頑張り」で止まってたんじゃないかなと思う。つまり、よーし頑張るぞーのところで止まっていて、努力する段階までたどり着かなかった。

 

 

もちろん3ヵ月で成果が出る人もいるし、僕の勉強のやり方が悪かったのかもしれない。けれど、「おー、今頑張ってるー。」と思っている時点でダメだった。「頑張り」を意識しなくなってから努力しているといえよう。

 

頑張ることがつらいという人がいる。これには僕は2つの回答を持っている。1つ目は当たり前だ、ということ。そもそも楽して手に入るような志なんてない。上でも述べたように楽して手に入るものは後悔だけだ。2つ目はじゃあなんでその志を立てた?ということ。自分が手に入れたいからその目標なりゴールなりを設置したのではないか?自分で決めたことなのにそれをつらいって言い訳してちゃいけねーぜ。大丈夫、つらいのは最初の3割までだから。

 

chishikichokin.hatenablog.com

 

おわりに

一回も努力の境地にたどり着いたことのない人が急に努力できるわけがない。まずは手近なところから始めてみよう。おすすめは、自分の専攻以外の教科(理系なら文系科目、文系なら理系科目)をストイックに勉強してみることだ。専攻の教科なら苦もなく勉強できるだろうが、それ以外だとそうもいかない。非常に挫折しやすくなっているのでおすすめだ。ちなみに参考程度に、僕は世界史を勉強している。

本当にやり遂げたいのに折れそうというときにはこちらを見て元気出してほしい。

今努力していることが正しいのかわからない人に贈る5つ言葉 - ちしき貯金

 

 

努力論 決定版 (中公文庫)

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